頭痛と経済

医療情報

たかが頭痛と侮ってはいけません。自分が我慢すればいいだけという思いはかえってマイナスとなることを理解していただくため、経済的な側面から頭痛が及ぼす影響について説明いたします。

頭痛による仕事への影響

頭痛は眼に見えない病気であるために他人に理解してもらうのが難しい病気の一つです。そのうえ、日本人は休みを取らないで痛みを我慢しながら働く傾向にあります。これは、自分が休むことで周りの人に迷惑をかけてしまうとか、休むことがサボっているのではないかという他人の目が気になってしまうなどのマイナスな心理が働いてしまい、休むこと自体に罪悪感を感じてしまうためです。また、職場などで周囲や上司の理解があまりない場合には、このようなつらい思いをしている人がまだまだ多くいる上、これに加えて頭痛がひどくなると精神的なストレスも上乗せされてしまい、余計につらく感じてしまう経験が多いのではないでしょうか。

片頭痛に悩まされている人は少なくありません。日本国内で慢性頭痛を有する人は約4000万人と推定されており、そのうちの約840万人が片頭痛によるものです。さらにその約74%が日常生活への支障度が高くて影響がでているとされます。その上、片頭痛の有病率のピークは男女とも生産年齢である20~40歳代に多く、労働損失を考える上での原因としてとても重要とされています。とくに30代女性の有病率が高いと言われ、働き盛り・子育ての真っ最中という人が多い年代なのに日常生活が忙しいこともあり頭痛がひどくても休みたいけど休めないし病院へも行けないのが現状です。

このような片頭痛の背景のために約70%の患者さんは医療機関を受診したことがなく、その50%の人は市販薬のみを服用して対処していて適切な頭痛診療が行われていません。医療機関を受診していない人のほとんどは薬局で市販薬の鎮痛薬を購入して凌いでいるために薬物の過剰使用による薬物乱用頭痛(MOH)になりやすいという特徴があります。頭痛外来の7人に1人がこのMOHと診断されていて、MOHの7割の人が市販薬が原因によるものといわれています。

さらに、いざ医療機関を受診して頭部の検査をしたところで何も異常が見つからないと、頭痛に対する専門的な知識を持っている医師の診察でない場合は「問題ありません」と適切な診断をされずに鎮痛薬の服用を促すのみになることも多くあります。少々厄介な問題でもあります。

頭痛患者さんやその周囲の人たちの中で「たかが頭痛」と考えてしまい医療機関へ受診したことのない人はとても多く、学校では学業の妨げとなる頭痛は「気のせい」や「根性がない」と軽くみられてしまうことや、職場でも作業能率の低下・休業が発生することで経済的損失を生じてます。

プレゼンティーズムとアブセンティーズム

片頭痛によって仕事を休んだり、外出できなくなったりすることでどの程度の経済的な影響が出ているのかを研究している報告があります。これを導き出すためには次のような考えによって分類していきます。まずは、片頭痛を原因とする経済的損失は直接損失と間接損失に分類されます。直接損失には鎮痛薬の購入費や医療費など受診に関連した費用が含まれ、間接損失には仕事の能率や生産性の低下、欠勤による経済的損失が含まれます。片頭痛の場合では間接損失が直接損失より巨額になっているとされており、経済的損失を評価することは薬剤の費用対効果を検討する際に重要な指標となります。

最近では特に重要視されている考え方としてプレゼンティーズム(Presenteeism)アブセンティーズム(Absenteeism)があります。労働損失の原因としては病気による欠勤や休業(アブセンティーイズム)と頭痛による労働遂行能力低下(プレゼンティーイズム)の二つの要素から構成されます。米国の研究ではプレゼンティーズムがアブセンティーズムに比べより多くの労働損失につながっていることが明らかにされており、片頭痛によるプレゼンティーズムはアブセンティーズムより以上に深刻な問題となっています。

しかし、日本においては頭痛を理由に休むことをせず我慢して仕事をしてしまう傾向があるのでここも問題と考えられています。職場や学校などの環境にもその原因があるとされますが、特に頭痛で休むことに対して周囲の理解を得るのが困難であるまたは難しいと考えてしまいことと、自分が休まずに我慢することで周りに迷惑をかけることがないのであればと考えて頭痛があっても耐えつつ休めないでいる人が多いと言われます。休みを取りづらい心理としては、もしも自分が休むことで仕事のノルマを達成できないことや予定の仕事をこなせないこと、残った他の職員に自分の分の作業負担をかけてしまうという気持ちが働くことで、頭痛がひどくて辛いうえに作業効率が悪くなってしまうことなどで生産性が悪化して行きます。また実際に休んだ場合は社会的な活動性や周囲への負担増加が原因となって職場や学業での評価をさげてしまうという不安感が増加したり、このようなことが頻回に起こるようであると将来的には会社内での昇格・昇進の機会を失ったり、片頭痛発作の不安から仕事の内容を変更、縮小、転職などを強いられたりする可能性が危惧されるために休みづらいともされています。

経済損失額は?

どのくらいの損失を被ったのかを調べていくためには、頭痛に対して使った費用と頭痛が起こらなければ得られた収入の金額を計算することなどで損失額を算出していくことになります。頭痛診療のガイドラインでは片頭痛発作のおよそ1/3は仕事中に起こり、これらの発作の2/3は多大な労働生産性低下を引き起こしているとされています。これを金額に換算するとどうなるのでしょうか。直接損失と間接損失についてはいろいろな研究報告がありますので、有名なものを中心に紹介したいと思います。

片頭痛の人による社会に対する影響

頭痛による経済損失額を考えるのにはいくつかの報告がありますが、まずは令和3年度の統計データをもとに算出してみようと思います。厚労省で発表されている労働時間や平均賃金をもとに20~40歳代の一日当たりの賃金の平均値を月あたり20.83日の出勤日として計算すると13.70千円(男性:14.62千円、女性:11.97千円)になります。

一方で、片頭痛の人のひと月当たりの発作回数が平均4.5回であるというデータがあことから、最も多いケースとして月に4.5回の片頭痛発作があり、そのうちの1/3が仕事中に発生するとして1.5日休養すると仮定した場合、20.55千円/月の非労働による損失があり、年間では約24.6万円となってこの分の労働が失われていると考えます。

同様な研究報告のうちで頭痛診療のガイドラインで紹介されているものではNational Health and Wellness Survey(NHWS)のデータを基に算出されたものがあります。これは発作回数が月4回以上の片頭痛患者と対照群に分けて、WPAI(Work Productivity and Activity Impairment) scoreを用いた労働生産性を1人当たりの年間医療費の比較を行ったものです。労働生産性は片頭痛群でアブセンティーズム(6.4% vs 2.2%)、プレゼンティズム(40.2% vs 22.5%)および間接損失(約149万円/年 vs約80万円/年)ともに対照群に比べ有意に大きかったものの(p<.001)、直接損失は片頭痛群(約176万円/年)と対照群(約110万円/年)で有意な差を示さなかったとのことです。

また別の報告によると、2018年に日本のIT企業就労者2458人を対象に行われたアンケート調査で、片頭痛群のアブセンティーズムによる年間経済損失額は1日休業では損失額が$238.3USD/year(26213円)、半日休業では損失額が$90.2USD/year(9922円)と推計されています。また、プレゼンティーズムによる年間経済損失額は同様の試算で$375.4USD/year(41294円)と推計されています。なお、当時のドル円レート$1=\110で換算しています。

これらの報告などをもとに日本全体ににおける経済的損失額と推計すると、年間3600億円~年間2兆3000億円のプレゼンティーズムによる経済への影響があるとされており、この金額はよく引用されています。また、片頭痛群では40%に発作のない日でも肩こり、集中力低下、疲労感などの兆候が見られており、生活の質の低下と外出控えによる消費行動の低下があるともいわれます。

欧米の集計によると、片頭痛発作のさらに多い慢性片頭痛の人では反復性片頭痛の人と比較して3~4倍の医療資源(直接費用)が投じられています。先ほどの日本でのNHWSのデータでも片頭痛の発作回数が多くなるにしたがって医療機関の受診回数や入院頻度が増加することわかっています。また、日本で行われた別の調査では慢性片頭痛の人では発作頻度のより少ない反復性片頭痛の人に比べて、プレゼンティーズム、アブセンティーズムの割合が多くなり、労働生産性が低いことが示されました。さらに海外のデータによると慢性片頭痛の人では反復性片頭痛の人と比較して4倍の労働損失が生じているともいわれています。

最近行われた調査を含め、こうした片頭痛を持つ人のなかでもとりわけ片頭痛発作回数の多い慢性片頭痛の人々を中心に適切な頭痛診療を提供していくことが経済的損失を最小限にすることにつながると考えられています。

片頭痛を持つ人に対する影響

片頭痛の影響は仕事中だけではなく、休日の発作も多いためにプライベートの活動にも制限がかかってしまい、頭痛がすることで楽しめないことから友人と出かける予定をキャンセルするとか人混みを避けたいために休日のショッピングを控える、旅行などの外出を控えるなど個人消費の面でも経済損失の一因になっています。

普段の生活においてどのようなことで悩んでいるのかを片頭痛患者にアンケート調査を行うと、日常生活への支障としての身体的な辛さだけではなく、いつ次に片頭痛の発作が来るのかが気になって不安になったり、急な頭痛でキャンセルしてしまうのが心配で人との約束を遠ざけてしまう傾向にあったり、頭痛で休むことが周りの人に理解してもらえないなどの精神的な負担を抱える人が多いようです。

では、片頭痛に対する治療にはどれくらいの薬剤費がかかるのでしょうか。病院を受診する場合には再診料などいろいろと費用負担があるのと、他の病気などの関係で人によって差があるのですが、片頭痛に対する薬での治療のうちで単純なパターンで計算してみます。月に4回の片頭痛発作がある人で発作時にはスマトリプタンを内服して治まっており、予防療法としてバルプロ酸ナトリウムの200mg錠を1日2錠内服しているとすると、バルプロ酸が10.8円/錠なので、2錠x365日では一年で7884円、スマトリプタンが177.4円/錠なので、4回/月x12か月では一年で8515.2円となります。合計で7884円+8515.2円=16399.2円/年。保険の負担割合が3割であればこの額の3割を薬剤費として負担していることになります。もちろん、これだけでは片頭痛発作が治まらない人も多いとは思いますが、あくまでも費用の目安としてシンプルな場合を仮定して算出しています。

積極的な治療と周囲の理解

医療費の負担がかかるものの、頭痛を我慢して仕事をするよりもしっかりと休んで治療をした方が労働生産性が良くて損失額も少ないことがわかりました。あとは、片頭痛の治療を積極的に行うことで頭痛の発生する日数やその程度を抑えることも労働生産性に貢献することができます。

だけど、「じゃあ、明日から早速頭痛がする時には休みます」って言いづらいですよね。頭痛に対する周囲の理解が得られている環境は今のところ珍しくて、上司や同僚に理解されづらい感じだと思います。人により程度の差があるのですが頭痛自体は比較的多くの人が経験するもので、さらに頭痛によって生活に支障をきたす人もいるという実態が周知されていない場合が多いです。そのためには辛い中で休みやすい環境を作っていく必要があるのですが、頭痛を抱えている本人の意識としても仕事を休んだら迷惑をかけるとか怠けていると思われるとかを気にしてしまって無理をすることも、周囲の理解が進まない要因のひとつです。少しでも職場に貢献しようという自己犠牲が頭痛で休むことを難しくしているかもしれないので、普段から困っている頭痛についてを周囲の人に伝えてみることと、仕事を休まざるを得ないほどつらい症状を理解してもらうことから始めるのが良い方法だと思います。

追加として

高額療養費制度と付加給付制度

病院に受診する場合には医療費の負担がかかるので直接的な経済負担が生じます。すべて自費で支払うとかなりの金額になりますが、日本では基本的に皆保険制度下にあるので健康保険の効く医療機関を受診する場合には加入している健康保険が一部負担してくれることになります。

さらに公的医療保険には医療費が一定額を超えた場合に超えた部分の医療費を払い戻してくれる高額療養費制度がありますが、付加給付制度がある健康保険に加入しているとある程度の医療費の支払いを超えた場合の自己負担は軽くなります。しかし、付加給付制度のない健康保険もあるので加入している健康保険組合に確認する必要があります。なお、国民健康保険や全国健康保険協会(協会けんぽ)にはないようです。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回は経済的な影響を中心に説明いたしました。研究報告されている金額についてはいろいろとあるのですが、まずはプレゼンティーズムとアブセンティーズムを理解していただき、調子の悪いときはしっかりと休んで効率よく仕事を行うことが大切であるという意識をもっていただきたいです。

スッキリとした生活が訪れて、周りの人達もよい環境が作れることを願っております。

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